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名作ミステリを下敷きにしたミステリ③「成吉思汗の秘密」

c0057845_0334539.jpg「ベッド・ディテクティブ(寝台探偵)」というジャンルのミステリが存在するのをご存知でしょうか。
文字通り、探偵がベッドの上で推理する、という意味です。
犯罪捜査というのは犯行現場を調べたり聞き込みをしたりといった「外回り」が中心となるのが通常で、これは往年の名探偵と言えども例外ではありません。
それに対して、そういった「外回り」は一切行わず、与えられた資料をもとに完全に頭の中での推理だけで事件を解明する形式を用いた推理小説のことを総称してベッド・ディテクティブと呼びます(安楽椅子探偵ともいう)。
そのベッド・ディテクティブの代表的傑作と言われるのが、ジョセフィン・ティの「時の娘」。c0057845_034474.jpg
捜査中のケガで入院中の警部が、入院のつれづれに歴史上の謎を推理する、という寝台探偵の形式を用いた歴史ミステリです。イギリス史上まれに見る悪逆非道の王といわれるリチャード3世が、実は稀代の名君だった、という歴史上の仮説を証明するというなんともロマンあふれるテーマと、あくまでも史料(通常の犯罪でいうならば証拠、証言などにあたる)に基づいて論理的に考証を行い、推理していくという本格推理の楽しさを見事に融合させた傑作として知られています。

で、前置きが長くなりましたが、その「時の娘」を下敷きにしたのが今回ご紹介する高木彬光著「成吉思汗の秘密」。
デビュー作「刺青殺人事件」はじめ氏の諸作品で活躍する名探偵、神津恭介が急性盲腸炎で入院。そのつれづれに歴史上の謎に挑む、という内容は、寝台探偵の形式といい歴史を扱った歴史ミステリである点といい「時の娘」と全く同じです。
この作品の最大の特色はなんといっても取り上げたテーマの魅力でしょう。
そのテーマとは「ジンギスカンの正体は、大陸に渡った源義経だった」。
このロマンあふれる壮大なテーマ。
「リチャード3世は実は悪王ではなかった」というテーマと比べて、実に夢がありスケールが大きいではありませんか。
日本史上最も有名な悲劇のヒーロー、源義経。
壇ノ浦の合戦で平家を滅ぼした後、実の兄である源頼朝に追われ、奥州平泉の藤原氏に身を寄せていたところ、源頼朝の圧力に屈した藤原泰衡に攻められ、衣川館に火を放って自刃した、というのが定説になっています。
ところが、実は義経はそのとき死んではおらず、衣川から逃れて武蔵坊弁慶らとともに蝦夷地に落ち延び、さらに樺太から大陸に渡り、蒙古の部族に入って身を立て、やがて大陸を制覇して世界史上空前絶後の世界帝国・蒙古帝国の創始者ジンギスカンとなった・・・
という歴史上「根拠のないデタラメ」とされている伝承を、史料にのっとって証明してみせよう、という意欲作です。

結局「ジンギスカン=源義経」が立証できたのかどうかは、読んでみてのお楽しみですが、この作品の興趣は、常識で考えればおよそリアリティのない荒唐無稽な伝説を、論理的にどこまで突き詰めることができるか、という点とその推理・考証の過程にあります。
この作品中で扱う史料はフィクションではなくすべて現実に存在するものです。それらをもとに名探偵、神津恭介がベッドのうえで推理・立証していく過程は大変スリリングで、死体や密室は出てこなくとも本格推理の醍醐味を存分に味わわせてくれます。

ロマンあふれる壮大なテーマといい、ミステリとしての完成度といい、本家「時の娘」を超えている、と思うのは僕だけでしょうか。
それとも、日本人であるがゆえの「判官びいき」でしょうか。
いずれにしても、ミステリ好きにも歴史好きにもタッキーファンにも(笑)是非お薦めしたい一冊です。
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by masafuji1970 | 2005-05-09 23:58 |

たまには本のご紹介②

「名作を下敷きにした作品」第2回は、前回と同じくクリスティの「そして誰もいなくなった」に挑戦した作品です。

「そして誰かいなくなった」夏樹静子c0057845_23514790.jpg
 タイトルからして一目瞭然、アガサ・クリスティの古典的名作「そして誰もいなくなった」を下敷きとした作品です。

前回はこの「そして誰も~」についてあまりふれませんでしたので、簡単に内容をご紹介します。
正体不明の人物からの招待状で、無人島にある豪華別荘に集まった10人の男女。やがてマザーグースの童謡「10人のちびくろ」の歌詞に従って一人、また一人殺されてゆく。絶海の孤島で外部からの侵入者はありえず、犯人は10人の中の誰かしか有り得ない状況で、最後には全員が死亡して誰もいなくなってしまうという衝撃的な展開。そして最後のどんでん返し。
このラストのどんでん返しには驚かされますが、むしろこの作品の魅力はなんといっても、「閉ざされた空間にいる人々が次々と殺されていって、最後に誰もいなくなってしまう」という現実には起こりえないプロットの大胆さと、それを全編に渡ってサスペンス漲る作品として見事に描ききったことに尽きます。c0057845_002261.jpg
もっともこれはこの作品に限らずクリスティの他の代表作にも見られる傾向ですが、プロットの大胆さ、斬新さにおいて、右に出る作品はありません。当時の人々はさぞ驚いたことでしょう。ミステリの女王、クリスティの代表作と呼ばれるにふさわしい作品です。

ですので、この作品のプロットを安易に借用して「挑戦」を試みるのは、ともすると単なる模倣、駄作となる可能性をはらんでいます。
この困難な挑戦に同じ女流作家、夏樹静子が真っ向から挑んだ意欲作が本作「そして誰かいなくなった」です。

前回ご紹介した「殺しの双曲線」も、「そして誰も~」のプロットを一部に踏襲していますが、本作の場合はさらに徹底しています。
ある人物からの招待状で豪華客船のクルージングに集まった男女が、海上の船内という閉ざされた空間で一人、また一人殺されていき、最後には誰もいなくなってしまう。そしてラストのどんでん返し。というプロットは全編にわたってほとんど「そして誰も~」に沿っています。

ただ、ひとつ大きな違いは、本作が主人公の一人称の形式で描かれていること。

ちなみにクリスティのもうひとつの代表作も一人称で描かれていて、これが重要なカギとなっています。おそらく、このクリスティのもうひとつの名作のことが作者の頭にあったことは想像に難くありません。

さらに、クリスティのまた別の名作の要素も盛り込まれていて、まさにクリスティ三昧、クリスティてんこもりです。

「そして誰も~」を下敷きとしながらまったく別のタイプの本格ミステリに仕立てた西村京太郎の「殺しの双曲線」と比べると、本作はあくまでも「そして誰も~」を意識して、ほぼ同じプロットを踏襲して本格ミステリを書くという、文字通りクリスティへの「挑戦」を試みているといえます。
「そして誰も~」を下敷きとして現代的視点で描いただけでなく、トリック、伏線、意外性のあるラスト等本格ミステリの要素を備えており、またクリスティの諸作品の要素を盛り込んだ点など、かなり意欲的な作品となっています。
が、「殺しの双曲線」と比べると、どうもクリスティを意識しすぎているように感じます。やはり同じ女流作家だからでしょうか。

この作品の最大の特色はやはり、クリスティの諸作品を思い浮かべながら楽しむという点にあると思います。
というわけで、この作品は「そして誰も~」はじめクリスティの諸作品を楽しんだ方にお薦めしたいと思います。
ていうか、クリスティの「そして誰もいなくなった」は是非読んだほうがいいです、ってどっちの紹介なんだかわからないですね(笑
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by masafuji1970 | 2005-04-20 23:36 |

たまには本のご紹介

c0057845_23471090.jpg最近は忙しさにかまけてすっかりご無沙汰になってしまいましたが、一時はミステリを多少読んでたこともありました。
で、ミステリのご紹介でも、と思いますが、読んだ本をフツーに紹介しても芸がないので、ひとつテーマを決めて。
お題は「名作を下敷きにした作品」。
第1回はこちら。


「殺しの双曲線」西村京太郎

 西村京太郎というとトラベル推理、と思う人が大半でしょうが、トラベル推理物を書き始める以前には実に多彩なミステリ作品を発表しています。中でも傑作のひとつに数えられるのが本作。
 この作品はアガサ・クリスティの古典的名作「そして誰もいなくなった」を下敷きとしています。ある人物からの招待状で集まった男女が閉ざされた空間で一人、また一人殺されてゆく、という展開は「そして誰も~」を踏襲しています。
しかし、下敷きにしているのはこれだけ、と言えます。むしろこの作品の最大の特色となるのは、作者が作品の冒頭で宣言している「双子トリック」。エラリィ・クイーンよろしく読者への挑戦ですが、「双子」というよりむしろ「TWIN」といったほうがしっくりくるのでは。
東京での双子による連続強盗事件と、東北の雪の山荘での「そして誰も~」のような連続殺人が並行して描かれていく前半部分。
後半に入るとふたつの事件がつながって、そして「双子」の本当の意味が明らかに。そこから先は一転して怒涛の展開。
もうここに至ると、読者の頭からは「そして誰も~」はどっかに行ってしまっています(笑)
犯行の動機や結末に社会派的な要素が取り込まれていて、これは「天使の傷痕」等、同じ時期の作品にも見られる特徴です。
また、難解なトリック、巧みに張られた伏線、そして意外な真相等、本格ミステリとしての要素を備えていて読み応えがあります。
難を言えばラストの解決法がちょっと拍子抜けかな?というところ。でも、裏を返せば、そうでもしない限りこの事件は解決できないよ、という作者の並々ならぬ自信のあらわれともとれます。

西村氏の読みやすい文体で本格ミステリの醍醐味を味わえる本作は、ミステリを読んだことがない方にもお薦めです。
もちろんその前にクリスティの「そして誰もいなくなった」を読むことをお薦めしますが、読まなくても充分楽しめる作品だと思います。
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by masafuji1970 | 2005-04-12 23:17 |